「YOURS TRULY,HACK FINN」の巻



マサ子:最近ずうっと読んでた本があるんだけどな、やっと読み終わったぜ。何の本かって「ハックルベリ・フィンの冒険」さ! おいサブ子、お前、こいつを読んだことがあるか。本当に、本当に、すてきなんだぜ! オレの考えじゃあ、こいつよりすてきな本なんか、ミズーリじゅうを探したって、いくらもないんだ。サッチャー判事だってそう言うぜ。

サブ子:ああマサ子、オレもそう思うよ。特にハックがろくでなしのお父から逃げ出すとこや、黒んぼうのジムをかばって嘘をつくところや、地獄に落ちることを覚悟して、ジムを助ける決意をするとこなんか、心臓がドカンと、トウモロコシのパンみてえになって、肺臓だか膵臓だかの間に落っこってくみてえだったもんな。(訳:ドキドキした)
オレ、家で読んでるときは、時々本を閉じて、歌っていたんだぜ。
ひ〜とが〜う〜ま〜れる〜ま〜え〜から〜、ながれて、るんだね……ってな。

マサ子:お前は本当にバカだな。それは「トム・ソーヤーの冒険」であって、「ハックルベリ・フィンの冒険」じゃあないじゃねえか。だがいい、同じことだ。なんせオレらは、「トム・ソーヤーの冒険」を読んだことがねえんだからな。ところで、マーク・トゥエインさんという人は、とんでもねえ人だな。ことによると、ハックってのは、現代のモーゼなんだそうだぜ。訳者あとがきにそう書いてあるだろう。お前読んだか?

サブ子:ああ読んだよ。みんな読んじまってから、最後に後書きを読むのがオレのやり方なんだ。でもな、わけわかんなかったぜ。ハックがモーゼだとか、3ページにあるマーク・トゥエインの「警告」の、「プロット」ってえ単語が、今までずうっと「筋書き」と訳されていたけど、本当は「陰謀」って訳すようなもんなんだ、とかな。オレ、そんなの、読みながら全然考えてなかったぜ。「ハック・フィンの冒険」は、なんと、人類の魂の解放をテーマにしてるんだってよ!オレはただ、ハックの冒険にドキドキしてただけだったってのにな。

マサ子:それはお前に分別がないからで、この訳者の大久保博さんって人は、マーク・トウェイン関係の翻訳をいっぱいしているし、きっとすごく頭のいい人なんだ。だから、それは正しいことなんだ。ただオレたちにはわからなかっただけなんだ。オレたちはバカだからな。しかしオレはこのあとがきがあってよかったって思うぜ。なぜって、わからなくっても、正しいことは正しいし、不道徳なことは不道徳なんだからな。

サブ子:そうかい。だけどなマサ子、オレは大久保さんって人が、トム・ソーヤーのことを悪く書いてるのだけはどうも気にいらねえな。トムは「自分勝手で、残酷な子供」なんだってよ。あんなにカッコイイのに!

マサ子:まあな。それはオレも気にいらねえ。ハックだってトムのことをとても尊敬してるじゃねえか。だから今度は「トム・ソーヤーの冒険」を読んでみようかと思うんだ。そうすれば、今度はトムがハック・フィンのことをどう思っているか、よく分かるはずだからな。

サブ子:だけどマーク・トゥエインの本というと、「トム・ソーヤーの冒険」よりどうしても「ハックルベリ・フィンの冒険」のほうが有名じゃねえかい? 「ハック・フィンの冒険」のほうが出来がいいってことなのか?
それにしてもオレはよくよくものを知らねえな。沈没した難破船の「ウォルター・スコット号」が、スコットランドの有名な作家と同じ名前だってことも知らなかったし、そいつをマーク・トゥエインさんが毛嫌いしてるってことも知らなかったし、ハックが逃げ出すために、お父の小屋にノコギリで穴を空けた穴が、「母親の産道」で、「はっきりと再生のテーマが浮かんで」くるとか、ジムが最初に出てくるところで、ハックが「黒人問題を肉体的なかゆみとして全身に感じ」てるとか、グレンジャーフォード家とシェパードソン家のところで、駆け落ちするふたりの名前が、「知恵」と「武具」って名前になってたとか、全然知らなかったし、気づかなかったぜ。なあ、そういうのもわかってねえと、やっぱりだめかい?

マサ子:あのな、オレの考えでは、そういったものを、最初っからわかっている必要なんかねえんだ。だって、そんなことを言い始めたら、なにも読めねえもんな。だけど、そういったものが、オレ達がすてきだと思ったもののなかに、確実に含まれてるってことを知るのは、無駄じゃねえし、ちょっと面白いんじゃねえかと思う。D・H・ロレンスも言ってるだろう。「アメリカのやつらは、よくこんな手を使う。つまり、何事によらず率直なのを拒み、いつも一重にも二重にも意味のこもった表現を使う。そしてごまかしを大いに楽しんでいる。自分達の真実をパピルスの箱船の中に安全にかくまい、それを岸辺の葦の間に置いておき、誰かあの心やさしいエジプトの女王のような人がやってきて、その幼子を救い出してくれるのを待っているほうがいい、と考えているのだ」ってな。なんかカッコイイじゃねえか。
そんじゃあ、最後に決めゼリフだ。

マサ子&サブ子「本当にみなさんのものである、マサ子とサブ子」

 


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