深沢七郎
(3.淀川) それが市川昆が下手だったの。なんともしれん、ハイカラぶって作ったの。「無能の人」なんかの、竹中直人なんていうのが本気でつくったらいいで。というところでね、それをあんたがつくりなさないよ。男に色気ないとかあるとか、そんなのに興 味持っているから作りなさいよ。
(3.横尾) じゃあ、ちょっと一回、その原作でも読んでみようかな。誰の原作ですか。
(3.淀川) 深沢七郎さん。
(3.横尾) 深沢さん。ぼく、深沢さんは大好きなんですよ。人間も。
(3.淀川) そうでしょう、深沢さんは合うと思ったの。
(3.横尾) ぼく、あの人大好き。ぼくにとっては聖者です。ヘルマン・ヘッセの聖書よりスケール大きい。そろそろご飯を食べながらやりますか。
(3.淀川) そのことを言いたかったの、ご飯のこと。 それで、深沢さんのことでね、あんたが好きだということわかるの。あの人は、木綿の 小説書く人ね。
(3.横尾) え?
(3.淀川) 木綿の小説ね。谷崎潤一郎は絹の小説書く人ね。羽二重。絹ね。深沢さんは 木綿。
(3.横尾) なるほど。淀川さんのたとえは情感があるなあ。谷崎は思想が無い分いいで すよ。川端なんかより。芸術は谷崎型でないとダメだと思いますね。
(3.淀川) ぼく、両方とも好きなのよ。だからね、深沢さんをもっともっと大事に、映 画化してほしいのよ。「楢山節考」だけなのよね。もっとあるのよ。いろいろ、いろい ろあるのよ、あの人の、悲しい、恐い・・・。本になったのよね。この人からどうして あんな美術が出たか言うような人なのね。深沢さんが、淀川さんはおこわ好きですか言 ったの。おこわって知っているでしょう。豆ご飯。
(3.横尾) おこわ。豆ご飯ね。ぼく、大好き。
(3.淀川) ぼく、大好きですよ言うたら、「ぼくはおこわ、とっても上手につくるんだから」。「あんたおこわ上手につくってるの。へえー、欲しいな」言うたら、「淀川さん、あげますよ」。お昼しゃべったら、晩に届けてきたの、つくって。
(3.横尾) ほんとう
(3.淀川) そんな人。あつあつの持ってきて、どうぞどうそ言うて、そういう不思議な ・・・。
(3.横尾) ぼくもね、だんご、三百本持ってこられたことありますよ。
(3.淀川) んまあ、すごいね。どうしたの、それ。三百本、困るね。
(3.横尾) 食べられないですよ。それは、たまたま展覧会のパーティの席だったからよ かったですけどね。
(3.淀川) よかったね。そんなことしたの、深沢さんが。
(3.横尾) あるときはサバ寿司のシャリがニギリメシみたいに大きいのを無理矢理食べ させられたりね。二つしか食べられないんですよ。
(3.淀川) そういう不思議な人ね。あんたが好きなのよ。合うのよ。
(3.横尾) ぼくあの人といろんなとこへ行きましたよ。
(3.淀川) そうなの?行ったことあるの?
(3.横尾) ええ。桃狩りに行こうって言うのね。あの人、笛吹川の流れている・・。石 和が深沢さんの故郷でね。
(3.淀川) それであんた、「東北の神武(ずんむ)たち」読まなかったの?
(3.横尾) それだけ読んでない。
(3.淀川) そうなの、行ったの、一緒に。あらー。よかったね。泊まったの、一緒に。
(3.横尾) 日帰りですよ。
(3.淀川) それはよかった。
(3.横尾) ラブミー農場も行ってね。
(3.淀川) あそこも行ったの。
(3.横尾) ええ、たんぼ耕されてね。「横尾さん、たんぼ耕すの上手ねえ」とか言ってね、「むかしからやってたの?」「やってないですよ」「いや、それにしては、初めてだと思わない」ってほめられてね、こっち、だんだん調子に乗って、五十メートルぐらいの、ひと畝、真夏に全部耕して、もうくたくたになっちゃったことあるんですよ。お世辞が上手くてね。わかってても上げられちゃうと嬉しくなってね。ただひとつだけ・ ・・
淀川 あの人ね、苺でもなんでもくれるのよ。あなた泊まったの、一緒に?泊まらなか ったの?
(3.横尾) 泊まらないって言ったでしょう。
(3.淀川) よかった。泊まったらえらい目にあうよ。ただひとつなんなの?
(3.横尾) あの人ね、にわとりをたくさん飼っているんですよ。そのにわとりを、夜な夜な猫が来て一羽ずつ食べちゃうらしいんですよ。それでね、あの人、猫見たら、形相変わってね、殺気立って猫退治を始めるんですよ。ぼくは猫が大好きなんですよ、そこで、あの人は猫を追っかける、僕は猫を逃がす。
(3.淀川) ああ、面白いね。それはね、にわとりを食う猫だからね、あの人にしたら憎らしくてしようがない。多いから篭に入れられなかったのかな。にわとりをな。
(3.横尾) でもその猫が食べたかどうかわからないんだけどね。とにかくはっきりしている人なんです。生活第一主義みたいなところがあってね。
(3.淀川) でも猫が嫌いなのね。
(3.横尾) 猫、鳥を食うからという理由で嫌いなんですと。畑でバーベキューやってご飯を食べている最中に、席立ってしまって、ご飯食べてること忘れて、夢中になって猫ばっかり追っかけてるんですよ。
(3.淀川) そういうとこ、あの人ね。あんたが猫好きだというのはあんたの感覚、よく わかる。
(3.横尾) 猫は妥協しないし自分に忠実だから芸術家なんですよ。それでね、ズボンの前のジッパー、全部ばあーと開けたまま。目の前にあるから、それ見たくないんですよね。でも、見えちゃうんですよね。
(3.淀川) でも、そういうとこがいいとこだよ。
(3.横尾) ええ、いいとこだというのはわかるけど、ご飯食べてる最中ですよ。しかも大きな音で、おならをブーッとやってね。ほんとに野人ですよ。
(3.淀川) それがいいのよね。
(3.横尾) だけどあの場面は迷惑ですよ。これが他人の話だったら、僕だって面白いと 思いますよ、そりゃ。
(3.淀川) そりゃ、あの人の作品はいいよ。あの人、もったいない人だ。もっと中央公論で出せたのに、あの事件でね、かわいそうなことした。けど、あの人はいい人だ。そのくせ、まず最初はフラメンコのギター弾いてたのよね。
(3.横尾) そうなんですよね。それで、フラメンコギターを弾きながら、御詠歌を自分で録音して、それを車の中のカセットでがんがん流しながら、笛吹川の石和に向かって高速を飛ばしていくんですよ。なんとも奇妙な感じでね。事故が起こったっておかしく ない・・・。
(3.淀川) でも、ぼくが「楢山節考」の話をしたでしょう。そういうことをして、深沢さんのこと言ったら、あんたが、いっしょにご飯食べたことを言ってるでしょう。やっぱり合うんだね。ぼくわかるのね。
(3.横尾) ぼく、あそこの今川焼き屋さんの包装紙をつくったの。ある日、葉書をもらってね、私は今川焼きの深沢ですって書いて、どこにも小説家って書いてないの。文章がへたくそで、誤字が多くってね、なんだろうと思って、こんなへたくその。ちょっと頭のおかしい人が深沢七郎の名前を名乗って、ぼくのとこへこんないたずらの葉書をよこしたと思ったの。女房に見せて、これ、どう思うって言ったら、女房がそれ読んでね、本当に立派な人はこんな下手な文章を書くものなのよってわかったようなことを言う わけね。(笑)
(3.淀川) あの人のはいい文章だけど、あの人がもし短文の葉書書いたら、妙な文章書 くだろうと思う。
(3.横尾) そうです。ちょっと淀川さんみたいに、おんなじ言葉がね・・。
(3.淀川) 重なるの?
(3.横尾) 重なるんですよ。
(3.淀川) ぼくみたいにって、私、そんなに重ならない。
(3.横尾) 「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」みたいに、「私は、私は、私は、ぼくは 、ぼくは、ぼくは、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、もうザーメンがざあざあ、ざあざ あ流れます」とか書いてあるの。(笑)なんかワイセツな手紙が来るんですよ。
(3.淀川) まあ、いいじゃないの。そういうとこがね、ぼくと似てるし、ぼく深沢さんを好きでしょう。あんたにそれがあって、ちょっと深沢さんのことも勉強「「勉強言うたら失礼だけど、してくださいよ言おうと思うたら、もうあんた、深沢さんの家へ行ったこと、深沢さんのジッパーの前がはずれて、中の道具を見たこと、全部がわかって
。
(3.横尾) 中は見えなかった。
(3.淀川) 見えたでしょう、ちょっとぐらいは。
(3.横尾) いやね、ラクダの汚れたパッチしか見えないの。
(3.淀川) そう。中は見えなかったの。それは惜しかったな。
(3.横尾) ぼくはそこはちょっと淀川さんと違うんですね。あんなもん見たくないですよ。
(3.淀川) また、偉そうなこと言って(笑)。深沢さんと泊まらなかったって、あやしいな。そんなんでね、匂いでわかった。