ガラスの靴 (安岡章太郎)


 深夜、男が日本橋の猟銃店で電話をしている。電話の向こうの女が日本橋の猟銃店にいる男に熊に会いたいなどと言い、日本橋の猟銃店の男が男が女に、夏休みももう終わりだと言うと、電話の向こうの女が「いや、いや」を言う。

 舞台は原宿米軍医師クレイゴー中佐の家で、その家のメードの悦子とかりそめのバカンスを過ごす僕。ちょっとした二人だけの夏休みを、アンカウル島へ旅行中のクレイゴー中佐に無断で楽しむ僕。悦子はクレイゴー少佐の家のメードで、僕は日本橋の猟銃屋のアルバイトをしている学生。バイト帰りには原宿のクレイゴー中佐の家に行って、そこでメードの悦子と二人だけの時間を過ごす。

 そもそもバイトで鳥撃ち用の散弾を届けにクレイゴー少佐の家に行ったのが事の始まり。そこにメードの悦子はいた。あの、紙を食っている白い羊をなんとはなしに思い出させた顔をしている悦子。だまってオナラした人がするような笑いをうかべる肌の青白いメード悦子。僕は鳥撃ち用の散弾をクレイゴー少佐に届けた時に、そこの家のメード悦子にちょっとした歓待をうける。
 どちらかと言うと魅力の乏しい肌の青白いメード悦子。そんなメード悦子、クレイゴー中佐の家のメード悦子に歓待をうけ、クラッカーを食べながら、明日から三ヶ月クレイゴー中佐が旅行へ出ること、夫人同伴でアンカウル島へ出かけること、その間メードの悦子一人で留守番をすることなどをクレイゴー中佐の家のメード悦子自身からぽつりぽつりと聞く。
 羊を思い出させる顔をしているやせた色の白いクレイゴー中佐の家のメード悦子は、マッチをするときに、軸木のハジの方を不器用につまんで、おそろしく真剣な顔になる、そんなクレイゴー中佐の家のメード悦子はそだちのいい女かもしれない。

 そして思いのほかクレイゴー中佐の家でゆっくりしてしまった僕の帰りしなにクレイゴー中佐の家のメード悦子はよかったらときどき遊びに来てくれと言う。またあのだまってオナラした人がするような笑いをうかべる悦子。僕は悦子の言葉に従った。その方が、かたい椅子しかない学校より余程よかったから。