彼女が笑ってる。どうして笑ってるの。

明け方。色のない世界。

みんなが笑ってる。どうして笑ってるの。

道を歩く。誰かが怒鳴る。自動販売機を蹴りあげる。誰かが血を出す。 笑ってる。泣いてる。どうしようもないくらいの空。

何があったの。それはどういう意味。

泣きながら歩く。うつむいて歩く。気が狂いそうなくらいに空を眺め る。あの人はどうしたの。どうしていなくなったの。

わめきながら走り去る。たぶん気が狂ってしまったのだろう。空を眺 めすぎたから。ひなたぼっこをしすぎたから。昼過ぎに起きて何もせ ずに窓際に座っている、そんな生活があまりにも長く続いたから、気 が狂ってしまったのだろう。

一日中酒を飲んでいたらしいよ。そんなことを何年も続けていたらし い。もうそれ以外に何もないという生活だったらしい、飲むこと以外 には。

どうしてそうなったの。

恋人を亡くした。そして仕事も。しばらくは行方不明だった。

それは嘘。ただの噂。

昼過ぎ。

埋め合わせのつかない空虚が流れていく。

照りつける日差しが生きていく気力を挫く。

街を歩く。草原を歩く。何処からともなく聞こえてくる音楽。誰かが 笑っているのが気に入らない。殴りつける。悲鳴。何度も殴られる。 罵声が飛ぶ。眠らしてくれ。眠りたいんだ。

どうして笑ってるの。

自分が誰なのかということを考えてるの。

気が遠くなるほどの笑い。

ゆっくりと喋る。何を言っているのかは誰も解らない。彼女が笑う。 どうして笑っているの。自分が誰なのかということを考えてるの。そ れはどうでもいいこと。もう終わってしまったこと。それは自分とは 関係のないこと。優しい声を聞くと殴りつけたくなる。まだ始まって いないこと。壊れてしまったことに気づかない。目を閉じる。それは 知っている。顔色を窺う。眠ってしまったようだ。それでも話し続け る。何を言っているのかは誰も解らない。彼女が笑う。どうして笑っ てるの。空を眺めすぎたから。それでおかしくなってしまった。もう 自分というのは終わってしまった。誰が殴られたの。その人は死んで しまったの。仕事は何をしていたの。


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