人類というのを一つのまとまったものとして考えることによって初めてそれ が滅亡するという考えが浮かぶ。その滅亡の理由を適当に大洪水で水没だとか 地震で壊滅だとかにしても、もっと現実味があるのが核兵器であってそれは人 間が作って使うものであるからで、それともう一つの理由として、ぼくが子供 の頃にはよく世界中には人類を何十回だか滅亡させるだけの量の核兵器がある などと言われていたということがある。どうしてそれが人類滅亡に現実味を与 えるかというと、例えば面積とか体積とかの単位として東京ドーム何個分とい うのがあるけど、核兵器の量をはかるのには人類の滅亡何回分という単位が用 いられることになって、そうすると人類の滅亡というのがセンチメートルとか デシリットルとかいうのと同じように現実味を帯びてくる。

 ところで人間の想像力には限界があって人類などと言われてもそれがいった いどういうものなのかは理解できなかったりする。それでも生きているものは 必ず死ぬという当たり前なことを人類という実体がはっきりしないものについ て当てはめる場合に核兵器というのが具体的にそれを可能にするということが 想像力を助ける。

 ここで本当にそんなことが可能かなどと考え出すと切りがないので、まずは 理由はともかく人類が滅亡することにする。そうするとこれと想像力の働き方 が似ているものとして世界征服というのが浮かんできてその二つがごっちゃに なる。滅亡したら征服もへったくれもないのだけれど、これも考え出すと切り がないことであるよりは、何事も合理的に考えなければならないという想像力 を規制するような意見には耳を傾けるべきではない。とにかく人類滅亡と世界 征服である。だいたい人類が滅亡したとして人間が全部死ぬというのは人類と いう言葉の定義として正しくないのかも知れなくて、今あるようなものとして の世界がなくなれば人類という観念を支えるものが崩壊するというのが人類が 滅亡するということの意味ではないだろうか。そうなると人類滅亡というのは 人間がみんな死ぬことではなくてその数が大幅に減ることである。そしてそう なれば世界征服が容易になることは言うまでもない。

 そうすると人類滅亡のあかつきの世界征服に向けて今から準備が必要にな る。これを考えるのには子供の頃に死んだら天国に行くとか地獄に行くとかい う話を聞かされていたのが役に立つ。つまり人類滅亡の後の世界というのは一 種の死後の世界であって、一番の心配事は自分がどうなるかということであ り、ただ死ぬだけなら別にそれでかまわないけれど、ただ死ななかった場合に 自分がどうなるかということが気になり出す。そうすると想像力は自分という ことに限定されて人類などということに煩わされずに済むので話がはかどる。 とにかく地獄に堕ちるなどということがあったらたまらないわけで、死後の世 界について真剣に考えなくてはいけない。死んだ後に地獄にいってもかまわな いと考えるのは想像力の不足であって、地獄に堕ちるというのは考え得る限り の嫌で、痛くて、気持ち悪くて、辛い目に会うのであって、それで平気だとい うのは想像力が足りないのである。あるいは考え得る限りの嫌なことを想像し て気持ちよくなってしまうような趣味を持っているのだろうか。たとえば地獄 に堕ちると最初にまず乳首を爪切りを使ってちぎられる。その後で足と手の爪 を一枚ずつ順番にはがされるとこんどは手と足を根本からちょん切られて煮え たぎる釜の中に放り込まれる。そしていい具合にゆであがったところで釜から 取り出されて、次には自分をボールにしてサッカーの試合が始まって焼けただ れた皮膚が地面にこすれる。もちろんこのあいだも意識はしっかりしていて痛 くて熱くて辛くてたまらない、というのがごく控えめな地獄についての説明で あって、本当はもっとすごいはずである。とにかくこれとは逆に天国というの は考え得る限りの楽しくて、気持ちよくて、嬉しい目にあう所であって、これ を望まないとしたらどうかしている。

 今のは死後の世界の話だけれど、天国と地獄というのは比喩としてもよく使 われていてその比喩は人類滅亡の後の世界にももちろん当てはまるし、そこで は比喩であるよりは天国そのもの、地獄そのものの世界が繰り広げられるはず である。そして天国に行くことができるためには世界征服をしなければならな い。世界征服が具体的にどういうことなのかはまだ解らないけれどとにかくそ れは天国なのであって、今の所で考えが循環してしまったがそれは無視して話 を続けると、当然世界征服をするのは世界で一人である。そこで戦いが始まっ て地獄のようなひどい世界が繰り広げられる訳だが、これを回避するために人 類が滅亡したらすぐに世界を征服しなければならない。ここで人類すべてを救 おうなどと考えるとまた人類とは何かという訳の解らないことを考えなければ ならないので、そういう甘い考えは捨てて自分がいい目に会うにはどうすれば いいのかを真剣に検討する必要がある。

 これで人類滅亡に際しての世界征服に向かって今から準備する必要があると いう話に戻るのだが、もちろんそれは家具を壁に固定する道具を買ってくると かラジオと懐中電灯と乾パンをリュックに詰めるとかそういうことではない。 そして具体的に何をするべきかというのは考え出すと行き詰まりそうなので後 回しにして、もし世界征服の手はずが整ったらということを考えると今度は人 類滅亡の日が待ち遠しくなる。もちろん核兵器というのが一番確率が高くて も、アメリカやロシアの大統領にお願いしてミサイル発射のスイッチを貸して もらうというわけにはいきそうにないので自分で何とかしなくてはいけない。 それでとりあえず毒ガスでも作って撒いてみようかというのはテレビの見過ぎ だろうか。


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