「セリヌンティウス」メロスは泣いていた。
「セリヌンティウス。俺を殴れ。ちから一杯に俺を殴れ。俺の心は、途中で一度、君をうらぎった。だから俺を殴れ。君が殴ってくれなければ、俺の気がすまない。そうしなければ、俺は君と抱擁する資格さえないのだ。だから、俺を殴れ。」
セリヌンティウスはうなづいた。刑場いっぱいにメロスを殴る音が響いた。それから、セリヌンティウスはメロスに言った。
「メロス、私を殴れ。同じくらいの強さで私を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、少し君を疑った。生まれて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。」
メロスは腕に唸りをつけてセリヌンティウスの頬を殴った。
「ありがとう、友よ」
二人はそういってひしと抱き合った。二人はおいおい声を出して泣いた。
群衆の中からも、すすり泣きの声が聞こえた。暴君ディオニスは、それをすべて見ていた。王は群衆の背後から二人を見ていた。やがて静かに二人に近づき、顔を赤らめながら言った。
「おまえらの望みはかなったのだ。おまえらは、私の心に勝ったのだ。信じることは、決して空虚な妄想ではなかったのだ。どうか、私も仲間に入れてくれまいか。どうか、私の願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい」
どっと群衆の間に歓声が起こった。
「ばんざい、王様ばんざい!」
ひとりの少女が、紅いマントをメロスにささげた。メロスは、まごついた。友は、気をきかせて教えてやった。
「メロス、君はまっぱだかじゃないか。早くそのマントを着なよ。そのお嬢さんは、きみの裸を、皆に見られるのが、たまらなくくやしいのさ」
メロスはびっくりした。群衆は歓声をあげながらメロスをたたえた。
「ばんざい、メロス、ばんざい、メロス」
群衆は歓声をあげながらメロスをたたえた。
メロスは勝ったのだ。
おわり
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