夏の朝ははやばやと起きて(1)

むかしMと云うおさない綺麗なひとを好きだったこと
があるピアノを弾くひとだったむきだしのあしををち
いさいおとこのこどものように黒い椅子のうえで揺ら
して居たのを覚えて居る重い鎖のような時計をはずし
てわたしの手に預けて夏の朝ははやばやと起きて道が
ふたてにわかれて居るところまであるいてゆくそこに
花の咲く木があることだけをたしかめておいて安心し
てベッドに戻るまだだれもめざめないうちに……えだ
には幽霊がひっかかって居てあれはくびをくくって死
んだひとのゆうれいだなんて随分陳腐なことを云うと
ほんとうはわたしこころのなかで笑って居たのMはぶ
かっこうな膝を出す服を着るあまいべたべたした飲み
ものや食べものをそのうえにこぼすわたしはハンカチ
を貸してやるどうして汚すことがわかってるのにしろ
いシャツの日にケチャップのかかったオムライスなん
かたべるのかわからないバカなこども……こころの底
からいやになってわたしがそとをみるとわかれみちの
木にはいっぱいに花が咲いて居た綺麗だねえとMが阿
呆の子のようにわらって云うわたしがMを好きなよう
にMはだれかすきでいやになることはあるのだろうか
とおもったこころの底であざ笑ってバカみたいとかん
がえてうんざりしてそうしてそとを眺めて花や星やい
ぬやねこやとりや、なにか、綺麗なよいものをみつけ
てそれがそのだれかとそっくりでいたたまれないよう
な祈るような気もちになることはあるのだろうか、と
おもった

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