夏の朝ははやばやと起きて(2)

 むかしMと云うおさない綺麗なひとを好きだったことがあるピアノを弾くひと
だったむきだしのあしををちいさいおとこのこどものように黒い椅子のうえで揺
らして居たのを覚えて居る重い鎖のような時計をはずしてわたしの手に預けて夏
の朝ははやばやと起きて道がふたてにわかれて居るところまであるいてゆくそこ
に花の咲く木があることだけをたしかめておいて安心してベッドに戻るまだだれ
もめざめないうちにあるいてゆくそこに花の咲く木があることだけをたしかめて
おいてえだには幽霊がひっかかって居てあれはくびをくくって死んだひとのゆう
れいだなんて随分陳腐なことを云うとほんとうはわたしこころのなかで笑って居
たMはぶかっこうな膝を出す服を着るあまいべたべたした飲みものや食べものを
そのうえにこぼすわたしはハンカチを貸してやるまたこぼすどうして汚すことが
わかってるのにしろいシャツの日にケチャップのかかったオムライスなんかたべ
るのかわからないバカなこども。
 それでこころの底からいやになってわたしがそとをみるとわかれみちの木には
いっぱい花が咲いて居た綺麗だねえとMがわらって云うわたしがMを好きなよう
にMはだれかすきでいやになることはあるのだろうかとおもったこころの底であ
ざ笑ってバカみたいとかんがえてうんざりしてそとを眺めて花や星やいぬやねこ
やとりや、なにか、綺麗なよいものをみつけてじぶんにしかそれがそのだれかと
そっくりだっていうことにきづかないことでいたたまれないような祈るような気
もちになることはあるのだろうか、と夏の朝はやばやと起きておもった。

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