解説は簡単でいい。三行でいいよ 小林秀雄 x 井伏鱒二
その年の秋、河上徹太郎が亡くなったので、柿生の河上のうちへお通夜に行くと、いろんな人が駆けつけて大勢の人が庭の外まであふれていた。私は先跡の人に挨拶すると、寺田君に会ったので庭に出た。折からそこに来合わせた安岡君と立ち話をしていると、小林君が来て、「おい弥生書房の俺の解説をたのむよ」と云った。
これは弥生書房で出す「小林秀雄全集」の解説のことで、書房主人が私に書かせようとしていた原稿のことである。書房主人は私に書かせるようにしたいと初めから考えていたらしい。私はなるべく他の人が書けばいいと思っていた。小林君は厳正な批評家と云われているから、その当人の作品について書くのはなんだか遠慮の気持ちがあった。もし小林君がそれについて何か云ったら、言いのがれをしたいと思っていた原稿である。
「僕は他人の作品について、かれこれ云ったことないよ。批評文を書いたことないよ」
私がそう云って逃げようとすると。
「解説は簡単でいい。三行でいいよ」と小林君が云った。「解説三行とは、それまた手きびしい。聞いたことがないね。とにかく僕は批評文は書けないから、誰か他の人に任してくれよ」
「いや、俺はお前さんを信用しているよ。三行でいいから、頼んだよ」
小林君はそう云って、そそくさ家のなかに入った。大勢の人混みのなかだから、言い争っている隙はない。
私は傍にいた寺田君と一緒に、安岡君の行く方向に歩いて行き、板の上に止めてあった安岡夫人の操縦する車に乗って、寺田君も一緒に荻窪の蕎麦屋に行った。あとからこのときのことを安岡君に聞くと、家のなかから聞こえるカトリックの坊さんの聖書を読む声と、家の裏から聞こえる虫の声が、代わりばんこに聞こえていたそうだ。安岡君がそう云っていた。また誰かの噂だが、聖書を口語文で朗読するのはひどいと小林君が云っていたそうだ。小林君に最後に会ったのは、この河上君のお通夜のときであった。
昭和五十八年 井伏鱒二
このホンの解説
昭和の文学ゴロ小林秀雄さんと日本の天然、井伏先生との一瞬の交差を描いた興味深いパッセージです。確か「作家の顔」という本に書いてあったんだと思います。
「俺はお前さんを信用している」「三行でいい」など、文芸評論家小林秀雄の自暴自棄な一面を丁寧に切り取ったことで有名。
批評のすし職人、小林秀雄の行数に関してのこだわりは他に「江藤淳 小林先輩に二行無駄と言われた」なども参照されたい
昭和のモラハラとも言える小林秀雄の暴虐と作家たちのちくちくとした備忘録は他に「宇野千代 何年ぶりかに小林にあったらすごい優しかったけど酒飲んだら昔の小林にもどった」「今日出海 帝大の図書館で読んでた本いきなりとられた」なども参照されたい
参考文献
※「作家の顔」は小林秀雄さんで、井伏さんの作家伝は「文士の風貌」のようでした。
