学生-1

 よく学生に「本当にこの本読みましたか」などと聞かれるのだが引用している
のだから読んだのはあたりまえで、また自分では一応のところ筋も通しているの
でなぜそんな質問が出るのかといぶかしく思うことがあって、これはたぶん「〜
の思想」とか「〜の真理」とかいうものが巻物みたいにして一行で赤線をひいて
説明できる話だとか、クラッシックやビートルズの表題音楽のように書物が一つ
のコンセプトで鑑賞できるはずのものだと思っているから懲りずに口をついで出
るはずで、これでは学生というのは明治末期から「〜神髄」というものから一歩
も外に出ていないという批判があってもしかたがない。

 「〜神髄」でなくとも小林秀雄が始めたとされる近代の批評のようなものを学
術的なものと勘違いをしたり、また学術的な思索に有効であるという考え方があ
り、書いている本人はさておき源氏物語ならば「もののあわれ」という詩的なこ
とばでひとくくりにできるとか、できないだとかはまったく話がべつになって、
恐らく本を本当に読んだか読まないかという人間も、小説そのものは読まないが
小林秀雄ならば読んでいるという事があるかもしれず、これでは詩にもなりはし
ない。しかし「もののあわれ」で源氏物語、あるいは文学世界、ひいてはこの世
界の認識が獲得できたなどと思ってしまう風潮もあり、認識というか鑑賞の域を
も出てはいないので、これでは学生は詩人にも笑われる。

 本来あるべき思索とか論旨というものを、難解な語彙による前衛的な叙情詩だ
と思っている学生が多く、こういった学生は思索と神髄の区別がないので、本当
は詩を書いていればいい才能が多く誤解されてアカデミズムというまた難解な語
彙による前衛的な即興詩人の集団が巷に闊歩しているということを、これまたジ
ャーナリズムのせいで知らない。

 ある本を読んだとか網羅するというのは知的財産だとか知識の所有ということ
とは関係がないので、そこで起こっているのはある種の抒情の深化だったり抒情
の否定であったりするので、最近の学生が多く人名や事物の名称を知っているに
もかかわらずものを知らないと言われるのは、こういった本来抒情詩人になるべ
き多くの才能が、自己を獲得するにあたって謝った言葉の獲得をしているためで
あると思われる。ある言葉をキーワードで結びつけておいてより多く記憶してお
くというのは、別に悪いことではないがせっかくそういった能力があるのならば
俳句か詩を始めるべきである。

 また自分の知識のなさや低さをなげき、切磋琢磨しようというある種の考え方
の方向は、(こういうものは目標、目的とは違うため)やはり知的財産だとか知
識の枯渇とか、精神の貧しさという問題とは関係がないので、ここで吐かれる忌
憚はやはり本来詩人の初心者が持つべきもので、そう考えると今日の詩人口とい
うのは少ないということはあっても、あふれかえっているということがない。

 今日学生は詩をあまり読まなくなったと言われるが、そのためか心の中で詩は
つえねにさえずっており、または歯ぎしりをしているので、これはうるさいぐら
いに聞こえ、しようの無い人間は「本当にこの本読みましたか」などと無駄な口
を叩いて穀を潰している。こういうはぎしりをし、恥ずかしくてのたうちまわる
ような初心の情熱というのはもちろん人間には必要不可欠なものだが、燃料で言
えば石炭であってそのまま燃やしても煙が出て目にしみたり、くすぶっているだ
けであり、学術的な推進力を得るには学術的なピストンと少量の水が必要にな
る。今日の学生は詩をあまり読まないというのは、ハートに火もつけられないと
いうということではなくて、詩的なものの抽出、ハートに火のついた状態を言う
ものを客観的にしらなすぎて、あるものは客観的に知れば火が小さくなると思っ
ている。

 このような詩作に対するあやまった風潮から脱するには一遍でも多くの詩作を
しなければ、しっかりと学問にうちこんでいる学生にめいわくがかかる。また詩
作の情熱が感じられず、向こう一辺倒に知識をつめこもうとする者もいるが、こ
ういった人間には俳句をすすめる。また無駄に図書に書き込みなどしたり、借り
たまま本を返さないニセ学生なども例にもれず詩作か、俳句をはじめるべきでこ
れは「本当にこの本読みましたか」という質問をしないような情操教育にもな
り、どうも学生たちの大半は詩を軽蔑する前によく詩を見ていないということに
なる。

 ただしそれが詩的な言語の獲得であったとしても、古書店などで多くの本を購
入することは古書店の流通を活性化させるので唯一今日の学生が役に立つ事業で
あって、またそのさには卒業後は図書館に蔵書を寄贈するのを心得るのはもちろ
んのこと、思い出があったとしても読まなくなった本はなんとしても図書館に寄
贈するべきではなかろうか。


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